東北ほんもの体験

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東北ほんもの体験

地元学-高村光太郎の世界高村山荘・高村記念館を訪ねてみよう粗末な山小屋で7年間過ごした高村光太郎の真と善と美の精神に触れ、生きる力を育む。高村光太郎期間通年人数100名以内時間約1時間?高村山荘高村光太郎が戦火を逃れ、知人であった宮沢賢治の生家を頼り東京から疎開して生活を送ったのが高村山荘です。山荘は現在套屋(とうおく)によって保護されています。高村記念館はこの山荘から約150m離れた木立の中に建ち、十和田湖にある「裸婦像」の原型、「大地麗」の書、妻智恵子の切り絵などが展示されています。撮影/佐藤進?光太郎の日記より「今日は三月二十八日だが、山ではさかんに雪が降っている。一度ゆるんだ時候が逆戻りの形である、水田の赤蛙が今年はきっちり彼岸の入の日から啼きはじめたが、今日は黙っている。雪のなかで啄木鳥だけが元気である。解けかけた雪の水は堰をきたように道路を流れ、短靴をはいてくる訪問者は立ち往生の外あるまい。今年の様子をみると、雪と縁の切れるのはまず四月中旬であろう。雪が消えればサヤエン豆を播くのだが、それまでに痛みがとれてシャベルが持てるかしら。葱だけは雪中からも青い葉を出している。ニラとニンニクとはもう芽を出す頃だ。ニラの玉子とじが好きなので少々待ち遠しい。今年は雪の重みで井戸の上のさしかけ屋根が(かけさげと岩手ではいう)つぶれた。首をちじめて水を汲み、顔を洗っている。」《昭和二十二年(1947)六十四歳肺結核が進み、喀血が続く毎日となる。》「しかし、わたくしがこの小屋にいることが分かると部落の人たちは心配して、よく雪をかきわけて様子を見に来てくれたし、米を一斗持ってきたり、大根を持ってきたり、ジャガイモを持ってきたり、又つけものを色々そろえて子供に持たせてこようとした。「これさ、先生(しぇんしぇ)に与(け)る」と子供が早口にいうのがはじめにはどうしても聞き取れなかったものである。…この部落を山口部落というが、その名の通り、田畑が尽きて、いよいよこれから先は山になるという山の入口のようなところであり、北に小高い山口山という木の沢山茂った山があり、西には奥羽山脈に連なる山また山が重なり、東と南の方は遠くひらけて、川が流れ、その原を清水野、後藤野といって、はるかに隣の郡までつながっていて、五年前には一面のススキとツツジの野原であった。…」タイムスケジュール1ボランティアガイドへ挨拶2高村光太郎と花巻について3高村山荘見学4高村記念館見学5智恵子の展望台まで散策6花巻市歴史民俗資料館7ボランティアガイドへ質問8感想発表と挨拶9解散モデルコース花巻駅徒歩5分定期路線バス25分/徒歩5分高村記念館徒歩10分高村山荘花巻市歴史民俗資料館※高村山荘・記念館は12月16日~3月31日は休館となります。中学生テーマ高村光太郎の生涯と作品を知る事前学習高村光太郎の伝記を読む詩集『道程』を朗読する事後学習記念館を見学して感想文を書く光太郎の生いたちを年表にする高校生高村光太郎の生涯を妻智恵子について知る高村光太郎と妻智恵子に関する伝記を読む詩集『智恵子抄』を朗読する記念館を見学して感想文を書く光太郎と智恵子の「愛」についてグループディスカッションして感想文を書く参考資料学校の図書館にある高村光太郎の書籍44